弁護士伊藤祐貴@台東区・上野御徒町のブログ

第二東京弁護士会所属。労働問題(解雇無効、残業代請求、退職代行等)、離婚・不貞慰謝料請求、相続、遺産分割、景品表示法、民事、刑事、少年事件など。

SBS無罪事件(大阪高判令和元年10月25日裁判所HP)

http://www.courts.go.jp/app/hanrei_jp/detail4?id=89029

 

1 判示事項の要旨:

「被告人が,生後2か月の孫の頭部に強い衝撃を与える暴行を加えて急性硬膜下血腫等の傷害を負わせ,同傷害に起因する脳機能不全により死亡させたとして起訴された傷害致死の事案。同児の症状の原因は,内因性の脳静脈洞血栓症とDICであった可能性が否定できず,原判決が外力によると認定した根拠についても,そのように認定できるだけの基礎的事情を認めることはできず,被告人が同児の死亡に結びつくような暴行を加えたことを積極的に推認できるような状況も見当たらないとし,被告人を有罪と認めた原判決には判決に影響を及ぼす事実誤認があるとして,被告人を懲役5年6月に処した原判決を破棄した上,被告人に無罪を言い渡した事例」

*SBS理論に基づき被告人を有罪にした原審の認定には,事実誤認があるとされた。

 

2 原審の判断構造:

「原審は,公判前整理手続の結果,Bが上記傷害により死亡したこと,Bの受傷原因が外力によるものであることは,争いのない事実と整理し,争点は,被告人が,Bの頭部に強い衝撃を与える何らかの暴行を加えたか否かであるとした。
 そして,審理の結果,硬膜下血腫,脳浮腫,網膜出血が生じた機序が,頭部を揺さぶられるなどして回転性の外力が加わることにより生じたもの,いわゆるSBS(Shaken Baby Syndrome,揺さぶられっ子症候群)であるとされ(このように診断す
る考え方を,ひとまず「SBS理論」と呼ぶことにする。),これを前提に,Bが受傷した時間帯に,Bと一緒にいてBにそのような外力を加えられた(加害行為)可能性がある者は,被告人とBの姉(当時2歳2か月)のみであり,Bの姉による加害が否定される以上,本件の犯人は被告人以外にはいないと認定した。すなわち,Bの症状が,SBS理論により,回転性の相当強い程度の外力によるものとされ,それを前提に,その時間帯に,そのような外力を加えることが可能な者を消去法的に特定すると,犯人は被告人しかいないというのである。」

 

3 私の視点からの引用

*いろいろ論点があり,様々な切り口から読むことができると思いますが,刑事弁護に携わる者としては,争点整理との関係でまず読みました。

 

⑴ 原審の審理の概要

「本件は,裁判員裁判対象事件であり,前記公訴事実を巡り,公判前整理手続において,主張と証拠の整理が行われた。
 原審弁護人は,当初から,被告人はBに対して何らの暴行を加えていないとして,公訴事実を争っていた。そして,公判前整理手続の初期段階においては,Bの症状の原因がSBSによるとの原審検察官の主張についても,専門医に当たって検討した形跡がうかがわれる。しかし,その結果,Bの症状が外力によるものであることについては争わないということになった。原審弁護人は,いわゆる犯人性のみを争い,これに付加して,高齢者である被告人の体格や体力からすると,検察官が主張する,頭部を揺さぶるか又はそれと同程度の急加減速をかけるという外力を加えることは極めて困難であること,被告人以外の者による犯行可能性として,Bの姉が,Bの髪の毛を掴んで上下に揺さぶるなどしていたこと,公訴事実記載の時間帯に被告人がBに暴行を加える状況はなく,被告人には動機もないことなどを主張した。 」

*どういう理由からかはわかりませんが,弁護人は外力によるものである点を争わないことになったようです。

 

⑵ 控訴審の判断

「本件は,客観的な事情から,Bの症状が外力によるものとすることもできないし,被告人とBの関係,経緯,体力等といった事情から,被告人がBに暴行を加えると推認できるような事情もない。むしろ,医学的視点以外からの考察では,被告人がBに暴行を加えることを一般的には想定し難い事件であったといえる。」

「それにもかかわらず,被告人が有罪とされ,しかも,経緯において同情し得る事情がないとして,懲役5年6月という相当に重い刑に処せられたのは,原判決が,当事者の意見を踏まえてのことではあるが,Bの症状が外力によるものであるとの前提で,いわゆる消去法的に犯人を特定する認定方法をとったからにほかならない。このような認定方法が,一般的な認定方法として承認されていることは事実である。しかし,本件をみると,そこには,一見客観的に十分な基礎を有しているようにみえる事柄・見解であっても,誤る危険が内在していること,消去法的な認定は,一定の条件を除けば,その被告人が犯人であることを示す積極的な証拠や事実が認められなくても,犯人として特定してしまうという手法であること,さらには,その両者が単純に結びつくと,とりわけ,事件性が問題となる事案であるのに,その点につき十分検討するだけの審理がなされず,犯人性だけが問題とされると,被告人側の反証はほぼ実効性のないものと化し,有罪認定が避け難いこと,といった,刑事裁判の事実認定上極めて重大な問題を提起しているように思われる。」

「原判決は,当審での事実取調べの結果も併せれば,Bの症状の原因が外傷によるものであることを前提とした点においても,弁護人の主張に対する判断として,医学的視点以外の事情を検討した内容においても,論理則,経験則に照らして不合理であり,さらに,Bの症状の原因は,内因性の脳静脈洞血栓症とDICであった可能性が具体的に認められる。
 被告人が,Bに対し,揺さぶりなど頭部に強い衝撃を与える何らかの暴行を加えた犯人であるとした原審の認定には,合理的な疑いが生じている。事実誤認の論旨は理由があり,その余の論旨について判断するまでもなく,原判決は破棄を免れない。 」

*争点整理に失敗した結果,誤った方向で審理が進んでいってしまったのではないでしょうか。