https://kanz.jp/hanrei/detail/89492/
・事案の概要:
「本件は,原告が,被告Aは,原告の同意を得ることなく,同意書を偽造して被告医療法人Bが開設する診療所において融解胚移植の方法により妊娠して原告の嫡出子となる子を出産し,また,被告医療法人B及び被告Cは原告の意思を確認することのないまま融解胚移植を行ったと主張し,被告らに対し,共同不法行為に基づき,2000万円及びこれに対する融解胚移植の実施日である平成27年4月20日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める事案である。 」
・判示:
「本件移植を行うに際しては原告の同意を要するものであったことは事柄の性質上明らかであるところ」
「原告は,被告Aが本件同意書2に原告名の署名をした平成27年4月20日時点において,本件移植に同意していなかったものと認められ,被告Aも,同時点において,原告が本件移植に同意していないことを認識していたか容易に認識し得たものであったと認められる。」
「したがって,被告Aは,原告に対し,被告Aとの間で本件子をもうけるかどうかという自己決定権を侵害するなどした不法行為責任を負うものである。」
*本判決は,「被告Aは,平成27年4月22日,「融解胚移植に関する同意書」(以下「本件同意書2」という。)を本件クリニックに提出し,同所において,融解胚移植を受けた」ことを「本件移植」と定義し,それに先立つ精子の採取,採卵,受精,受精卵(胚)の培養やその後の出産とは区別したうえで,「本件移植を行うに際しては原告の同意を要するものであったことは事柄の性質上明らかである」としている。
ところで,自然妊娠の場合には,子をもうける過程において男性にどのような同意が必要とされるかは明確ではなく*1,それゆえ男性の子をもうける過程における同意(自己決定)については曖昧な部分が存在する。本件移植に対応する形で言えば,自然妊娠の場合に着床についての男性の同意は明確には求められていない。自然妊娠も体外受精もいずれも子をもうける過程の違いに過ぎないとすれば,自然妊娠においては曖昧にされている男性の同意が,体外受精の場合には各段階においては明確に必要とされるようで,違和感を覚えるところである。
また,本判決は,原告が本件移植に同意していないにもかかわらず被告が本件移植をしたことから,被告の「子をもうけるかどうかという自己決定権」が侵害されたことを導き出すが,子をもうける過程を本判決のように細分化するのであれば,直ちに「子をもうけるかどうかという自己決定権」を侵害するものとはいえず,論理の飛躍があるように思われる。子をもうける過程の細分化に伴って,各段階における自己決定を観念することができ,少なくとも本判決の認定する事実関係においては本件移植以前の段階における自己決定の侵害はなく*2,「子をもうけるかどうかの自己決定権」の一部の侵害にとどまるとの評価をすることができるからである。そして,800万円という高額な慰謝料を認めていることからも,本判決は「子をもけるかどうかという自己決定権」の全部の侵害(又は,強い侵害)を前提にしているように推察されるが,私見を前提とすれば慰謝料の減額の余地が十分にある。