弁護士伊藤祐貴@上野御徒町のブログ

第二東京弁護士会所属。労働問題(解雇無効、残業代請求、退職代行等)、離婚・不貞慰謝料請求、民事、刑事、少年事件など。

タラーク離婚無効事件(東京家判平成31年1月17日家庭の法22号121頁)

イスラーム法では,1回の婚姻について,夫からの一方的な離婚(タラーク)が3回まで認められる*1

 1度目と2度目の離婚は,待婚期間中*2であれば撤回可能である(復縁)が,3度目の離婚は撤回不可能で,妻が他の男と再婚し離婚しなければ,元の鞘に戻ることはできない。

 本件では,原告である妻と被告である夫は,「平成28年12月10日頃及び同月21日,二人で面会し」,「被告は,2度目の面会において,「タラーク,タラーク,タラーク」と唱えて一方的に離婚を宣言し(以下「本件タラーク離婚」という。)」ている。

 一度に「タラーク,タラーク,タラーク」と3回離婚を宣言した場合,1度のタラークととらえるか,3度のタラークととらえるかは見解が分かれるところではあるが,本判決では「イスラム法を適用すると,本件タラーク離婚が成立することになる」とした。

 もっとも,本判決は「夫の一方的な意思表示による離婚を認めることは,我が国の公の秩序又は善良の風俗に反する結果となると解されるから,本件タラーク離婚については,法の適用に関する通則法(以下「通則法」という。)42条により,イスラム法の適用を排除して日本法(民法)を適用し,無効と認めるのが相当である」と判断し,本件タラーク離婚は無効とした。

*本判決は,他に,親権者の指定,離婚慰謝料についても,法の適用に関する通則法42条を適用した。

*本判決では,「イスラム法には,離婚慰謝料の制度は存在しないことが認められる」とする。しかし,イスラーム法では婚資の支払義務があり,後払いの婚資は夫の死後又は離婚時に支払われる。婚資後払いについて,本判決では触れられていない*3

 *本判決によれば,ミャンマーイスラム離婚法2条1項C号で「夫が正当な理由なく1年間を超えて性交をしないこと」が離婚事由になるようである。

 

主   文

 1 原告と被告とを離婚する。
 2 原告と被告との間の子Aの親権者を原告と定める。
 3 被告は,原告に対し,本判決確定の日から上記Aが満20歳に達する日の属する月まで,月額5万円を毎月末日限り支払え。
 4 被告は,原告に対し,300万円及びこれに対する本判決確定の日の翌日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
 5 原告のその余の請求を棄却する。
 6 訴訟費用は被告の負担とする。

事実及び理由

第1 請求
 1 主文第1項ないし第3項と同旨
 2 被告は,原告に対し,350万円及びこれに対する本判決確定の日の翌日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
第2 請求原因
 1 原告X1と被告Y1は,いずれもミャンマー国籍のイスラム教徒であり,永住者の資格で日本に在留している者である。
 2 原告と被告は,平成20年10月31日,タイ王国において,イスラム法に基づき婚姻し,その後,東京都品川区内で婚姻生活を開始し,平成23年○月○○日に男児A(以下「A」という。)をもうけた。Aは,日本に住民票を有し,永住者の資格で日本に在留していたが,平成28年1月頃から,ミャンマーヤンゴンに在住し,原告の母により監護されている。
 3 原告は,平成27年頃から体調が思わしくない状態が続き,ミャンマーで休養することとなり,平成28年1月,Aを連れてミャンマーに一時帰国した。同年10月頃,原告と被告の親族間に,Aの名前を被告の親族のファミリーリストに載せるか否かを巡ってトラブルが生じ,被告から原告への電話の回数や,仕送りの額が減少した。
 4 被告は,原告に対し,原告が日本に帰国しても一緒には住まないと伝え,平成28年12月5日に原告が日本に帰国するまでに,品川の自宅から転居し,以後原告と別居している。
 5 原告と被告は,平成28年12月10日頃及び同月21日,二人で面会した。被告は,2度目の面会において,「タラーク,タラーク,タラーク」と唱えて一方的に離婚を宣言し(以下「本件タラーク離婚」という。),平成29年1月19日付けのミャンマーの新聞に,原告と被告がイスラム法に従いタラーク離婚したとの広告を掲載した。
 6 被告は,原告に対し,生活費ないし婚姻費用として,平成29年1月分の4万円,同年2月分の12万円,同年3月分の10万円,同年4月分及び5月分の各5万円を支払ったが,その後の支払は途絶えた。
 7 原告は,被告との婚姻関係の修復を望んでいたが,平成29年8月頃,被告のフェイスブックで,被告が近い将来の結婚相手として女性を紹介する画像を閲覧し,被告の裏切りに愛想が尽き,婚姻関係の修復は不可能であると考えるようになった。
 8 Aは,心室中隔欠損症・心房中隔欠損症の持病があり,過去に2度手術を受け,現在も年に1度定期検査を受けている。
 9(1) 原告と被告の婚姻の成否,本件タラーク離婚の成否,改めての離婚の成否,Aの親権者の決定,原告の被告に対する養育費及び慰謝料請求についての原則的な準拠法,その根拠・法源・解釈,公序則発動の要否,公序則発動後の準拠法は,別紙1及び別紙2記載のとおりである。
  (2) 本件タラーク離婚について
    イスラム法を適用すると,本件タラーク離婚が成立するが,これは日本の公序に反するから,公序則を発動してイスラム法の適用を排除し,本件タラーク離婚は無効と解すべきである。
  (3) 改めての離婚について
    被告は,平成28年12月5日の別居以降,正確な理由なく原告と1年以上性交していないから,ミャンマーイスラム離婚法第2章1C所定の離婚事由に該当し,離婚が認められるべきである。
  (4) Aの親権者について
    イスラム法を適用すると,少なくともAの財産後見及び身分後見が原告に帰属する余地はないが,これは子の福祉に反し日本の公序に反するから,公序則を発動し,イスラム法の適用を排除して日本法を適用し,原告をAの親権者と指定すべきである。
  (5) Aの養育費について
    被告の平成29年分の給与収入は510万1200円,原告の同年分の給与収入は134万8285円であるから,被告が原告に支払うべきAの養育費は,月額5万円となる。
  (6) 離婚慰謝料について
    イスラム法上,離婚慰謝料の制度は存在しないが,これは日本の公序に反するから,公序則を発動し,イスラム法の適用を排除して日本法を適用し,原告の離婚慰謝料請求を認めるべきである。そして,被告による同居義務の放棄,一方的な離婚宣言,女性との関係にも照らせば,原告の精神的苦痛に対する慰謝料は350万円が相当である。
第3 当裁判所の判断
 1 本件において,被告の住所地は日本国内にあることから,我が国に国際裁判管轄が認められる。
   また,原告,被告及びAはいずれもミャンマー国籍であり(甲1,2,7),Aは,現在一時的にミャンマーに在住しているものの,出生から4年6か月間日本に在留していたこと,日本に住民票を置き,永住者の資格を有していること,現在も年に一度来日して持病の定期検査を受けていること,近い将来に原告と日本で在留する予定であること(甲7,25[枝番省略。以下同じ。],82,弁論の全趣旨)に照らせば,その常居所地は日本と認めるのが相当である。
   そうすると,本件において,原告と被告の離婚,Aの親権者の指定,Aの養育費,離婚慰謝料に関しては,原則として,別紙1の「準拠法の決定」「根拠規定」欄記載の各条項に基づき,別紙1の「準拠法の決定」「準拠法」欄記載の各法(別紙2の「通則法により定まる原則的な準拠法」「法源等の根拠」欄記載の各法)が適用されることになる。
 2 被告は,適式の呼出しを受けたが,本件口頭弁論期日に出頭せず,答弁書,その他の準備書面を提出せず,証拠(甲1~11,25,82)及び弁論の全趣旨によれば,請求原因事実1~8が認められる。
 3 原告と被告の離婚について
   請求原因事実5及び証拠(甲66)によれば,イスラム法を適用すると,本件タラーク離婚が成立することになるが,このような夫の一方的な意思表示による離婚を認めることは,我が国の公の秩序又は善良の風俗に反する結果になると解されるから,本件タラーク離婚については,法の適用に関する通則法(以下「通則法」という。)42条により,イスラム法の適用を排除して日本法(民法)を適用し,無効と認めるのが相当である。そして,請求原因事実4及び証拠(甲15,82)によれば,被告は,平成28年12月5日の別居以降,正確な理由なく1年以上原告と性交していないことが認められるから,ミャンマーイスラム離婚法第2章1Cに基づき,原告と被告の離婚が認められることになる。
 4 Aの親権者の指定について
   証拠(甲43,57,60)によれば,イスラム法を適用すると,少なくともAの財産後見及び身分後見が原告に帰属する余地はないことになるが,今後,Aが原告の下で監護養育され,診療契約,在学契約等を締結することを考えると,原告に財産後見及び身分後見を認めないことは,我が国の公の秩序又は善良の風俗に反する結果になると解されるから,Aの親権者の指定については,通則法42条により,イスラム法の適用を排除して日本法(民法)を適用すべきである。そして,上記認定の別居に至る経緯のほか,Aの出生後,原告が主としてAを監護養育し,現在は原告の母が一時的にAを監護養育している状況(甲82)に鑑みれば,原告をAの親権者と定めるのが相当である。
 5 Aの養育費について
   証拠(甲29,30)によれば,原告の平成29年の給与収入が134万円程度であり,被告の同年の給与収入が510万円程度であることが認められる。上記各収入に基づき,標準算定方式(判例タイムズ第1111号285頁以下)の表1によってAの養育費を算定すると,月額4万円から6万円となる。これに,本件に現れた一切の事情を考慮すると,被告が原告に支払うべきAの養育費は,月額5万円とすることが相当である。
 6 離婚慰謝料について
   証拠(甲68)によれば,イスラム法には,離婚慰謝料の制度は存在しないことが認められるが,上記認定の別居に至る経緯に照らせば,原告に離婚慰謝料を認めないことは,我が国の公の秩序又は善良の風俗に反する結果になると解されるから,離婚慰謝料については,通則法42条により,イスラム法の適用を排除して日本法(民法)を適用すべきである。そして,上記認定の別居に至る経緯のほか,本件に現れた一切の事情を考慮すると,被告は原告に離婚慰謝料300万円の支払義務を負うものと認めるのが相当である。
 7 よって,原告の請求は,主文の限度で理由があるから認容し,その余は理由がないから棄却することとし,主文のとおり判決する。

    東京家庭裁判所家事第6部
           裁判官  丹羽敦子

 

 

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*1:夫が「タラーク」と宣言すれば足り,妻に到達する必要すらないとされる。妻から「タラーク」宣言をすることはできない。

*2:妻の3度目の月経まで

*3:なお,被告は適式の呼出しを受けたが,期日に出席せず,答弁書の提出もなく,証拠及び弁論の全趣旨により,請求原因が認められた