弁護士伊藤祐貴@台東区・上野御徒町のブログ

第二東京弁護士会所属。労働問題(解雇無効、残業代請求、退職代行等)、離婚・不貞慰謝料請求、相続、遺産分割、景品表示法、民事、刑事、少年事件など。

令和3年夫婦別姓最高裁大法廷決定(最大決令和3年6月23日)

https://www.courts.go.jp/app/hanrei_jp/detail2?id=90412

 

1 多数意見

「1 本件は,抗告人らが,婚姻届に「夫は夫の氏,妻は妻の氏を称する」旨を記載して婚姻の届出をしたところ,国分寺市長からこれを不受理とする処分(以下「本件処分」という。)を受けたため,本件処分が不当であるとして,戸籍法122条に基づき,同市長に上記届出の受理を命ずることを申し立てた事案である。本件処分は,上記届出が,夫婦が婚姻の際に定めるところに従い夫又は妻の氏を称するとする民法750条の規定及び婚姻をしようとする者が婚姻届に記載しなければならない事項として夫婦が称する氏を掲げる戸籍法74条1号の規定(以下「本件各規定」という。)に違反することを理由とするものであった。所論は,本件各規定が憲法14条1項,24条,98条2項に違反して無効であるなどというものである。


2 しかしながら,民法750条の規定が憲法24条に違反するものでないことは,当裁判所の判例とするところであり(最高裁平成26年(オ)第1023号同27年12月16日大法廷判決・民集69巻8号2586頁(以下「平成27年大法廷判決」という。)),上記規定を受けて夫婦が称する氏を婚姻届の必要的記載事項と定めた戸籍法74条1号の規定もまた憲法24条に違反するものでないことは,平成27年大法廷判決の趣旨に徴して明らかである。」

 

「なお,夫婦の氏についてどのような制度を採るのが立法政策として相当かという問題と,夫婦同氏制を定める現行法の規定が憲法24条に違反して無効であるか否かという憲法適合性の審査の問題とは,次元を異にするものである。本件処分の時点において本件各規定が憲法24条に違反して無効であるといえないことは上記のとおりであって,この種の制度の在り方は,平成27年大法廷判決の指摘するとおり,国会で論ぜられ,判断されるべき事柄にほかならないというべきである。」

 

民法750条及び戸籍法74条1号は、憲法24条に違反しない。

*夫婦同姓/夫婦別姓の制度の在り方は、国会で議論され、判断されるべき事柄である。

 

「裁判官宮崎裕子,同宇賀克也の反対意見,裁判官草野耕一の反対意見があるほか,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり決定する。なお,裁判官深山卓也,同岡村和美,同長嶺安政の補足意見,裁判官三浦守の意見がある。」

 

2 裁判官深山卓也、同岡村和美、同長嶺安政の補足意見

(1)本件各規定=間接的な制約

民法及び戸籍法が法律婚の内容及びその成立の仕組みをこのようなものとした結果,婚姻の成立段階で夫婦同氏とするという要件を課すこととなったものであり,上記の制約は,婚姻の効力から導かれた間接的な制約と評すべきものであって,婚姻をすること自体に直接向けられた制約ではない。 」

(2)直ちに憲法24条1項の趣旨に沿わない制約を課したものではない

憲法24条1項は,婚姻をするかどうか,いつ誰と婚姻をするかについては,当事者間の自由かつ平等な意思決定に委ねられるべきであるという趣旨を明らかにしたものであるところ,ここでいう婚姻も法律婚であって,これは,法制度のパッケージとして構築されるものにほかならない。そうすると,仮に,当事者の双方が共に氏を改めたくないと考え,そのような法律婚制度の内容の一部である夫婦同氏制が意に沿わないことを理由として婚姻をしないことを選択することがあるとしても,これをもって,直ちに憲法24条1項の趣旨に沿わない制約を課したものと評価することはできない。」

(3)立法裁量

「本件各規定が憲法24条に違反するか否かは,平成27年大法廷判決が判示するとおり,本件各規定の採用した制度(夫婦同氏制)の趣旨や同制度を採用することにより生ずる影響につき検討し,個人の尊厳と両性の本質的平等の要請に照らして合理性を欠き,国会の立法裁量の範囲を超えるものとみざるを得ないような場合に当たるか否かという観点から判断すべきこととなる。」

「婚姻及び家族に関する事項は,関連する法制度においてその具体的内容が定められていくものであって,当該法制度の制度設計が重要な意味を持つものであり,国の伝統や国民感情を含めた社会状況における種々の要因を踏まえつつ,それぞれの時代における夫婦や親子関係についての全体の規律を見据えた総合的な判断によって定められるべきものである。したがって,夫婦の氏に関する法制度の構築は,子の氏や戸籍の編製の在り方等を規律する関連制度の構築を含め,国会の合理的な立法裁量に委ねられているのである。」

「氏の性質や機能,夫婦が同一の氏を称することの意義,婚姻前の氏の通称としての使用(以下「通称使用」という。)等に関する諸点を総合的に考慮したときに,本件各規定が個人の尊厳と両性の本質的平等の要請に照らして合理性を欠き,国会の立法裁量の範囲を超えるものとみざるを得ないような場合に当たると断ずることは困難である。」

 

3 裁判官三浦守の意見
「私は,結論において多数意見に賛同するが,本件各規定に係る婚姻の要件について,法が夫婦別氏の選択肢を設けていないことは,憲法24条に違反すると考えるので,意見を述べる。」

 

4 裁判官宮崎裕子、同宇賀克也の反対意見
「私たちは,多数意見と異なり,本件各規定は憲法24条に違反するものであるから,原決定を破棄し,抗告人らの婚姻の届出を受理するよう命ずるべきであると考える。」

 

(1)憲法24条1項の法意、趣旨

憲法24条1項は,「婚姻は,両性の合意のみに基いて成立し,夫婦が同等の権利を有することを基本として,相互の協力により,維持されなければならない。」と定めている。これは,婚姻においても憲法13条及び14条1項の趣旨が妥当することを前提とした上で,婚姻の成立と婚姻の維持についてかかる趣旨を具体的に定める規定と解される。最高裁平成25年(オ)第1079号同27年12月16日大法廷判決・民集69巻8号2427頁(以下「再婚禁止期間大法廷判決」という。)は,憲法24条1項は,婚姻をするについての当事者の意思決定は,当該当事者の「自由かつ平等な意思決定に委ねられるべきであるという趣旨を明らかにしたもの」であると判示しており,平成27年大法廷判決にも同文の判示がある。婚姻をするについての当事者の意思決定が自由かつ平等なものでなければならないことは,憲法13条及び14条1項の趣旨から導かれると解されるから,憲法24条1項の規定は,憲法13条の権利の場合と同様に,かかる意思決定に対する不当な国家介入を禁ずる趣旨を含み,国家介入が不当か否かは公共の福祉による制約として正当とされるか否かにより決せられる。

 そして,「法律は,個人の尊厳と両性の本質的平等に立脚して,制定されなければならない」という憲法24条2項の規定は,同条1項も前提としつつ,個人の尊厳と両性の本質的平等に立脚すべきであるとする要請,指針を示すことによって,婚姻及び家族に関する事項に係る法律の制定改廃における立法裁量の限界を画したものである(平成27年大法廷判決参照)。この「立法裁量の限界」は,かかる法律が憲法13条,14条1項に反するものであってはならないだけでなく,婚姻については憲法24条1項の趣旨に反するものであってもならず,また,これらの憲法の条項に反するとまではいえない場合であってもいずれの部分においても個人の尊厳と両性の本質的平等の原則を侵す内容であってはならないことを意味すると解される。 」

「更に具体的に検討すると,法律によって婚姻の成立に何らかの制約を課すことが憲法24条1項の趣旨に照らして,婚姻をすることについての当事者の自由かつ平等であるべき意思決定に対する不当な国家介入に当たらないといえるためには,その制約が,夫婦になろうとする個人のそれぞれの人格が尊重されることを否定するものであってはならず,自由かつ平等であるべき本人の意思決定を抑圧するものでないことが必要である。」

「婚姻自体は,国家が提供するサービスではなく,両当事者の終生的共同生活を目的とする結合として社会で自生的に成立し一定の方式を伴って社会的に認められた人間の営みであり,私たちは,原則として,憲法24条1項の婚姻はその意味と解すべきであると考える。もし様々な理由から,婚姻の成立や効力,内容について法令によって制約を定める必要があるのであれば,かかる制約が合理性を欠き上記の意味における婚姻の成立についての自由かつ平等な意思決定を憲法24条1項の趣旨に反して不当に妨げるものではないことを,一つひとつの制約について各別に検討すべきである。民法733条1項の再婚禁止期間の制約についてなされた再婚禁止期間大法廷判決の違憲判断は,正にその検討の結果であったが,その検討を経た上で,かかる制約に合理性があると認められる場合には,法律によって婚姻にかかる制約を課すことは憲法24条1項の趣旨に反するものではない。」

民法における婚姻制度において定められた特定の制約が,婚姻をするについての当事者の自由かつ平等な意思決定を憲法24条1項の趣旨に反して不当に侵害すると認められる場合には,かかる制約はかかる侵害を生じさせる限度で違憲無効とされるべきである。民法が定める制約の中にそのような違憲無効な制約が含まれている場合に,違憲無効な制約に服することを所与の前提としてされる婚姻の意思決定は,憲法24条1項の趣旨に沿う婚姻をするについての自由かつ平等な意思決定とはいえない。また,婚姻及び家族に関する事項については法制度の制度設計が重要な意味を持つことに異議はないが,そのことゆえに違憲無効な制約が合憲とされるべき理由はない。」

「以上から,憲法24条1項の婚姻は,民法によって定められた婚姻制度上の婚姻から,同項を含む憲法適合性を欠く制約を除外した内容でなければならないと考える。」

 

(2)夫婦同氏を婚姻届の受理要件とすることは,婚姻をするについての直接の制約と解されること

「戸籍法74条1号は,婚姻届には「夫婦が称する氏」として夫又は妻の氏のいずれか一つを記載しなければならない旨規定し,この記載(以下「単一の氏の記載」という。)を,婚姻届の必要的記載事項の一つと定めている。」

「平成27年大法廷判決では,夫婦同氏は婚姻の効力の一つであって婚姻をするについての直接の制約には当たらない旨判断されていたが,抗告人らは,本件婚姻届の不受理に係る上記の経緯を踏まえた上で,抗告人らについて単一の氏の記載(すなわち,夫婦同氏)を婚姻成立の要件とすることは婚姻をするについての直接の制約に当たると主
張している。 」

「そこで検討すると,まず,婚姻届に「夫婦が称する氏」の記載を義務付ける戸籍法74条1号を,「婚姻は,戸籍法の定めるところにより届け出ることによって,その効力を生ずる」と規定する民法739条1項と併せてみれば,単一の氏の記載が婚姻届の受理要件とされていること,婚姻届が受理されることによって婚姻の法的な効力が発生する,すなわち婚姻が成立するとされていることは,文理上明らかである。」

「しかるに,この受理要件が婚姻をするについての直接の制約であるかという問題は,婚姻の成立について定める憲法24条1項適合性の問題であるから,かかる「婚姻」を上記 ケで述べた同項の「婚姻」と同じ意味に解した上で,この受理要件の意味を検討する必要がある。そうすると,本件において,抗告人らに対して単一の氏の記載(夫婦同氏)を婚姻届の受理要件とするという制約を課すことは,下記 で詳しく述べるように,抗告人らの婚姻をするについての意思決定を抑圧し,自由かつ平等な意思決定を妨げるものといわざるを得ない。そうである以上,本件においては,そのような制約は,婚姻をするについての直接の制約に当たると解することができる。 」

 

(3)民法750条を含む本件各規定によって課される制約の意味について

ア  夫婦同氏を婚姻成立の要件とすることは,婚姻をするについての意思決定と同時に人格的利益の喪失を受け入れる意思決定を求めることを意味すること

「本件において抗告人らが単一の氏の記載をせず,双方が生来の氏を称することを希望する旨記載して本件婚姻届を提出した理由は,婚姻に伴って一方当事者が氏を変更することになると,当該当事者はその変更により,それまで有していた戸籍簿上公的に確認できる氏名が消滅させられ,その結果,人が個人として尊重される基礎であり,その個人の人格の象徴であって,人格権の一内容であった生来の氏名が失われ,アイデンティティを喪失するなど氏名に紐付いていた人格的利益を失うこととなり,かつ,婚姻による氏の変更によって生ずる氏名(名前)の変更の事実は,社会においては,当然には認識・周知されないため,社会における個人の同一性の認識阻害という結果をもたらし,変更前の氏名に紐付けられていた当該個人に対する評価が損なわれるなどの形で人格的利益の侵害が生ずるからというものである。」

「抗告人らのように婚姻後もそれぞれの人格の象徴であった生来の氏名を維持することを希望する者にとっては,夫婦同氏を婚姻成立の要件とすることは,婚姻をするについての意思決定は,上記のような人格的利益の喪失を受け入れるという(本人の希望に反する)意思決定と同時にしない限り,婚姻の意思決定として法的に認められないことを意味することになる。 」

 

イ 夫婦同氏を婚姻成立の要件とすることは,婚姻後,夫婦が同等の権利を享有できず,一方のみが負担を負い続ける状況を作出させること

「婚姻届への単一の氏の記載という要件を婚姻の成立要件として課すことは,婚姻により当事者の一方のみが生来の氏名に関する人格的利益を享受し続けるのに対し,他方は自分自身についてのかかる人格的利益を享受できず,かつ,かかる人格的利益の喪失による負担を負い続ける状況になることを意味し,婚姻が継続する限りその一方的な不平等状態は変わらないし変えられないことは自明である。言い換えると,夫婦同氏を婚姻成立の要件とすることによって,婚姻により氏を変更することとなる当事者は,婚姻が継続する限り,かかる人格的利益を他方当事者と同等に享有することを期待することすらできないという状況,すなわち,夫婦同氏制のゆえに,婚姻によって夫となり妻となったがゆえにかかる人格的利益を同等に共有することができない状況が必ず作出されることになる。」

 

ウ 本件においては,夫婦同氏を婚姻成立の要件とすることによって婚姻をするについての自由かつ平等な意思決定が抑圧されること

「氏名に関する人格的利益の性質についての私たちの考え方は,上記 で述べたとおりであるが,その考え方に立つと,抗告人らのように,生来の氏名が失われることによるアイデンティティの喪失を受け入れることができず双方が生来の氏を使用することを希望する者に対して,単一の氏の記載(夫婦同氏)を婚姻成立の要件とするという制約を課すことは,①自身が氏を変更する側となる当事者にとっては,生来の氏名に関する人格的利益が侵害されることを前提として受け入れた上で,婚姻の意思決定をせよというに等しく,②当事者双方にとっては,自身が氏を変更する側になるか変更しない側になるかにかかわらず,自分又は相手の人格の一部を否定し,かつ婚姻が維持される限り夫と妻とがかかる人格的利益を同等に享有することができないこととなることを前提とした上で婚姻の意思決定をせよというに等しい。これは,当事者がする婚姻をするについての意思決定は,上記①及び②の前提を本人の意思に反して受け入れるという意思決定と同時にしない限り,婚姻の意思決定として法的に認められないことを意味する。しかし,かかる人格的利益の性質は上記 で述べたように,個人の尊重,個人の尊厳の基盤を成す個人の人格の一内容に関わる人格権に当たるのであるから,その権利に対する制約を当事者の自由な意思に反して受け入れることに同意しない限り婚姻をするについての意思決定が法的に認められないというのでは,婚姻をするについての意思決定が自由かつ平等な意思決定であるとは到底いえない。 」

「抗告人らのように双方が生来の氏を希望する者に対して,夫婦同氏を婚姻成立の要件とする制約を課すことは,抗告人らの婚姻をするについての意思決定を抑圧して自由かつ平等な意思決定を妨げるものであるから,憲法24条1項の趣旨に反する侵害に当たるというほかない。」

「なお,夫婦同氏制は夫婦になろうとする者の対等な協議によって氏を選ぶと定めるものであることは,上記の結論に影響を及ぼさない。なぜならば,その協議は,夫婦同氏が婚姻成立の要件であることを所与のものとして認めなければならないという条件付きの協議でしかなく,双方がそれぞれの生来の氏を選ぶという選択肢は最初からないこととされているのであるから,双方が生来の氏を選ぶことを希望する者にとっては,その協議の結果が自由かつ平等な意思決定によるものとはいえないからである。 」

 

(4)侵害の不当性

「婚姻の成立にこのように憲法24条1項の趣旨に反する結果をもたらすような夫婦同氏を婚姻成立の要件とするという制約を課し,もって婚姻をするについての当事者の意思決定を抑圧して自由かつ平等な意思決定を妨げることになったとしても,もしその制約を正当化するような公共の福祉の観点からの合理性があるならば,夫婦同氏を婚姻成立の要件とするという制約は同項の趣旨に反するほどの不当な国家介入とはいえないと考えることができる。」

「本件において問題とされている単一の氏の記載(夫婦同氏)という婚姻成立の要件は,民法750条が定める夫婦同氏制に基づいて課されている制約である。そこで,夫婦同氏制が合理性を有する理由として平成27年大法廷判決が挙げる,氏が家族の呼称としての意義を有することが,公共の福祉の観点からこの制約の合理性を基礎付けることができるかを検討すると,そもそも氏が家族の呼称としての意義を有するとする考え方は,憲法上の根拠を有するものではない。(振り返ると,我が国でもかつては夫婦別氏制であった時代があったが,その制度が,明治31年施行の旧民法によるいわゆる「家」制度の採用に伴って夫婦同氏制に改められ,その後「家」制度は現行憲法の制定とともに廃止されたものの,夫婦同氏制は維持されたという歴史をたどったことは一般的に知られている。旧民法においては,氏は「家」の呼称であり,その結果として夫婦同氏となったのであるが,「家」制度を前提としない現行憲法の制定過程において夫婦同氏制の憲法適合性について十分な議論がなされたことはうかがわれない。)」

「次に,家族という概念は,憲法でも民法でも定義されておらず,その外延は明確ではない。社会通念上は,その概念は多義的である。戸籍法は,夫婦及び父母の氏を称する未婚子を単位として戸籍を編成しているが,その単位のみが家族として社会的に認知されているわけではなく,社会通念上は,婚姻後においても,自分の両親,祖父母や兄弟姉妹を含み得る概念として自然に用いられているといえよう。そして,今日においてもなお,氏が家系という意味での「家」の呼称として用いられる場合すらある。また,夫婦とその未婚子から成る世帯は,ますます減少しており,世帯の実態は多様化している。そのような中にあって,夫婦とその未婚子から成る世帯のみを家族と捉え,そのことをもって,氏はかかる家族の呼称としての意義があることが,氏名に関する人格権を否定する合理的根拠になるとは考え難い。 」

「他方で,憲法24条1項は婚姻の自由だけでなく,その反面において離婚の自由,再婚の自由も保障する趣旨の規定であると解され,民法も,本人の合意による離婚や再婚を制限する規定を何ら設けていない。そして,民法が定める家族制度においては,法律婚をしている父母の嫡出子の氏は父母の氏とするというルールが設けられている一方で,子を持つ両親が離婚し,さらにそれぞれが別の相手と再婚し,それを繰り返すことは何ら制限されておらず,その結果として子自身の意思によることなく,親の離婚,再婚により,実の両親と,さらには同居の家族とみられる者とも,子の氏が異なる状況に置かれることが民法の制度上も当然想定され,容認されている。このことは,民法が,子の氏とその両親の氏は同じでなければならないことを常に要求しているわけではないことを示している。この点を勘案すると,子の氏とその両親の氏が同じである家族というのは,民法制度上,多様な形態をとることが容認されている様々な家族の在り方の一つのプロトタイプ(法的強制力のないモデル)にすぎないと考えられる。そして,現実にも,夫婦とその未婚子から成る世帯は,時代を追うごとにますます減少しており,世帯や家族の実態は極めて多様化し,子の氏とその子が家族として暮らす者の氏が異なることもまれでなくなっている。したがって,そのプロトタイプたる家族形態において氏が家族の呼称としての意義を有するというだけで人格的利益の侵害を正当化することはできないと考える。他の家族形態においてはそもそも氏が家族の呼称という実態自体があるとはいえないからである。 」

「私たちは,氏には家族の呼称という側面があることまで否定するものではないが,既に述べたように,それを憲法上の要請と位置付ける根拠はなく,平成27年大法廷判決が夫婦同氏制に合理性があるとして挙げている「氏は,家族の呼称としての意義がある」という説明に氏名に関する人格権を否定する合理的根拠があるとは考えにくい。加えて,それ以外に同判決で夫婦同氏制の合理性の説明として挙げられている内容(氏は夫婦であることを対外的に公示し識別する機能を有すること,嫡出子であることを示すこと,家族の一員であることを実感すること,子がいずれの親とも氏を同じくすることによる利益を享受しやすくすること)は,いずれも民法が想定している夫婦や親子の姿の一部を捉えているとはいえても,上記で述べた家族形態の多様化という現実と,家族の形が多様であることを想定し容認する民法の寛容な基本姿勢に照らすと,夫婦同氏制の合理的根拠とはいい難い。 」

「したがって,私たちは,抗告人らのように生来の氏名に関する人格的利益の喪失を回避し,夫婦が同等の人格的利益を享受することを希望する者に対して夫婦同氏を婚姻成立の要件として当事者の婚姻をするについての意思決定を抑圧し,もって婚姻をするについての自由かつ平等な意思決定を侵害することについて,公共の福祉の観点から合理性があるということはできないと考える。

 そうすると,本件各規定は,抗告人らのように婚姻しようとする当事者双方が生来の氏を称することを希望する者に対して,夫婦に同氏を強制し婚姻届に単一の氏の記載を義務付ける点で,憲法24条1項の趣旨に反するというべきである。」

「付言するに,そもそも,婚姻は私的な事柄であり,プライバシーに属する情報である。当事者がそれを公表することは自由であるが,当事者が公表したくないにもかかわらず,それを公示することは,プライバシー侵害となり得る。嫡出子であることを「氏」をもって対外的に公示することは,逆に,非嫡出子や離婚した母子家庭の子供に対する差別を助長するというマイナス面があるともいえる。嫡出子であることによる法律上の利益は,実の両親の共同親権に服することを含めて幾つかあるが,それらは,両親が法律婚をしていることの公的な証明手段があれば享受することができるのであって,両親の氏が同一であるから享受できるというものではない。夫婦同氏制が違憲と判断されれば,両親が法律婚をしていることの公的な証明手段を諸外国と同様に法定することが困難であるとは考え難い。」

 

(5)憲法24条2項について

ア 判断枠組みを異にし,結論を異にすること

憲法24条2項は,婚姻及び家族に関する事項に関しては,「法律は,個人の尊厳と両性の本質的平等に立脚して,制定されなければならない」と規定している。しかるに,平成27年大法廷判決は,夫婦同氏制を定める法律の規定が憲法13条,14条1項に違反しない場合に,更に憲法24条にも適合するものとして是認されるか否かは,当該法制度の趣旨や同制度を採用することにより生ずる影響につき検討し,当該規定が個人の尊厳と両性の本質的平等の要請に照らして合理性を欠き,国会の立法裁量の範囲を超えるものとみざるを得ないような場合に当たるか否かという観点から総合判断すべきであるという判断枠組みを示している。 」

「しかしながら,私たちは,上記1で述べた理由で,抗告人らのように婚姻届において夫婦同氏に同意しないことを明らかにしている者に対して夫婦同氏を婚姻成立要件として課すことは,婚姻をするについての当事者の意思決定を抑圧し,もって婚姻をするについての自由かつ平等な意思決定を妨げる不当な国家介入に当たり,憲法24条1項の趣旨に反するので,本件については,平成27年大法廷判決が示した上記の判断枠組みの適用の前提を欠くから,その判断枠組みによって判断することはできず,法律が同項の趣旨に反する場合には,そのことのみをもって,かつその限度では,同条2項の個人の尊厳と両性の本質的平等に立脚した法律とはいえず,立法裁量を逸脱していると考える。」

「すなわち,夫婦同氏制を定める民法750条を含む本件各規定を,当事者双方が生来の氏を変更しないことを希望する場合に適用して単一の氏の記載(夫婦同氏)があることを婚姻届の受理要件とし,もって夫婦同氏を婚姻成立の要件とすることは,当事者の婚姻をするについての意思決定に対する不当な国家介入に当たるから,本件各規定はその限度で憲法24条1項の趣旨に反する。したがって,本件各規定は,その限度で,憲法24条2項の個人の尊厳と両性の本質的平等に立脚した法律とはいえず,立法裁量を逸脱しており,違憲といわざるを得ない。私たちの意見は,もとより,夫婦別氏を一律に義務付けるべきとするものではなく,夫婦同氏制に例外を設けていないことを違憲とするものであり,この点については平成27年大法廷判決における木内道祥裁判官の意見と趣旨を同じくする。 」

イ 平成27年大法廷判決の判断枠組みによったとしても,その後の事情の変化をも考慮して,憲法24条違反と判断すべきこと

「仮に,生来の氏名に関する人格的利益は憲法上の権利に当たらず,本件各規定が憲法24条1項の趣旨に反する婚姻成立の要件を定めるものとは直ちにはいえないという見解に立ち,平成27年大法廷判決が判示する判断枠組みによって夫婦同氏制の憲法24条適合性を総合判断することとしたとしても,私たちは,本件における夫婦同氏制の同条適合性判断においては,以下に述べる3点(ア,イ及びウ)を,平成27年大法廷判決では考慮されなかった事情として追加的に考慮すべきであり,それらを適切に考慮すれば,夫婦同氏制を定めた本件各規定は,遅くとも本件処分の時点においては,個人の尊厳と両性の本質的平等の要請に照らして合理性を欠き,国会の立法裁量の範囲を超えるものとみざるを得ないから,同条に違反するとの結論に至るものと考える。」

(ア)夫婦同氏制は個人の尊厳と両性の本質的平等に適合しない状態を作出する制度であること

「たとえ本件において抗告人らが主張している氏名に関する人格的利益が憲法13条で保障された権利に当たらないという見解に立つとしても,この氏名に関する人格的利益は,最高裁昭和58年(オ)第1311号同63年2月16日第三小法廷判決・民集42巻2号27頁が人格権の一内容であると判示した権利・利益と少なくとも同質・同等の権利・利益である。そうである以上,この人格的利益が個人の人格の中枢に関わるものであること(そうでなければアイデンティティの喪失感などを抱くことはない。)を否定することはできないから,上記1 イの指摘はそのまま当てはまる。したがって,夫婦同氏制は,この点において個人の尊厳と両性の本質的平等に反する結果をもたらす制度であるといわざるを得ない。

 平成27年大法廷判決の憲法24条適合性の判断では,夫婦同氏制にこのような問題があることについては全く触れられていないので,この点は,同判決では考慮されていない事情として本件において考慮する必要があるというべきである。

 この点を,妻側が氏を変更する夫婦の割合が約96%に上るという実態と併せてみると,結局のところ,約96%の夫婦において,夫婦同氏制によって生来の氏名に関する人格的利益を失い,夫との不平等状態に置かれるのは妻側であるという,性別による不平等が存在しているというのが実態であることになる。

 しかるに,憲法24条2項は,婚姻及び家族に関する事項を法律事項とするとのみ定めているわけではなく,個人の尊厳と両性の本質的平等に立脚して法律が制定されなければならないと明記している。それにもかかわらず,上記のとおり個人の尊厳と両性の本質的平等のいずれの趣旨にも反する結果をもたらす夫婦同氏制が,憲法24条2項が明記する個人の尊厳と両性の本質的平等に立脚した制度であると解することは困難である。」

(イ)平成27年大法廷判決後の旧姓使用の拡大は,夫婦同氏制の合理性の実態を失わせていること

「そもそも,氏が家族の呼称としての意義を有することが夫婦同氏制の合理性の理由であったとしても,夫婦・家族の実態についてみると,日本国民の夫婦及びその未婚の子から成る世帯は,もはや典型的な世帯ではない。平成30年の統計によれば,夫婦及びその未婚の子から成る世帯は,3割を切っており,夫婦のみの世帯も4分の1に満たない。未婚率の上昇,初婚年齢の上昇,離婚及び再婚の増加,国際結婚の増加という近年の動向は,今後も継続し,日本国民の夫婦及びその未婚の子から成る世帯の割合は,一層低下していくと予想される。また,子が両親と同一の氏を称することにより家族の一員であることを実感する意義については,夫婦同氏制を廃止した諸外国において,家族の一体感が弱まったとする実証的根拠は何もなく,また,旧姓の通称使用により,実質的に夫婦別氏となっている家族の絆が弱くなっているという実証的根拠も何ら存在しない。夫婦のみならず子の福祉を考えることは重要であるが,婚姻をしようとする者のいずれも自らの氏を変えることによって生来の氏名に関する人格的利益を失うことに耐えられず事実婚を選択するケースだけでなく,婚姻している夫婦が婚姻によって氏を変更した当事者の氏を生来の氏に戻すことだけを目的として婚姻の実態を変更する意思はないのに離婚届を出して形式的には離婚するケースも散見されるようになっており,その結果,子が受ける不利益の深刻さ(前者の場合は,嫡出子とは扱われないために,嫡出子が法律上受ける利益を受けることができない。後者の場合は,両親が離婚すると,共同親権に服さないこととなり,一方の親のみが親権者となる。)を考えると,夫婦同氏を強制する法制度が,かかる不利益を受ける子を生み出し,子の福祉を損なっている面も看過できない。

 夫婦同氏制の合理性の根拠とされた点に関する社会の実態が上記のように変化している中で,平成27年大法廷判決以降,女性による旧姓の通称使用を容易にするための方策が相次いで採られてきた。なかんずく,旧姓の通称使用が国の機関における公的な文書の作成においてすら認められるようになったことは,平成27年大法廷判決で認められた夫婦同氏制の合理性の根拠を質的に希薄化させる重大な事情の変化であると考える。

 そもそも旧姓の通称使用は,婚姻によって氏を変更した当事者が有する生来の氏名に関する人格的利益の喪失とそれによる不利益を一定程度のみ解消させるものでしかなく,旧姓の通称使用が拡大したとしても公的な証明を必要とする場合は残るから,旧姓の通称使用ができることは決して夫婦同氏制の合理性の根拠になるものではない。むしろ,旧姓の通称使用を認めるということは,夫婦同氏制自体に不合理性があることを認めることにほかならない。そして,旧姓の通称使用の拡大は,夫婦同氏制による氏の変更後の戸籍に記載されている氏名が,社会での使用に耐えない場合があること,言い方を変えると,夫婦同氏制による氏ではなく,生来の氏による氏名を使用しなければ,その個人が,氏を変更せずに婚姻した者であれば決して置かれることのない不合理で理不尽な状況に置かれ得ることについての社会における認知の拡大を意味している点は極めて重要である。

 特に,国家機関において公的文書を作成する者が,その作成の責任の所在を明らかにするべき作成者の氏名として旧姓を使用することが認められたことは,夫婦同氏制の下で決められた氏が実社会において使用されない氏(つまり原則として非公開とされている戸籍に記載されているだけの氏)になっても問題はなく,旧姓の方が夫婦同氏制の下で決められた氏よりも実質的な価値があり,国民との関係でも公的文書作成の責任者の個人識別に法的な問題を生じないことを国の機関が認めるに至ったという意味がある。そのことは,夫婦同氏制による変更後の氏が対外的公示という点では実質的価値が乏しいことが社会的にも認知されたことを示しているといえる。平成27年大法廷判決において夫婦同氏制の合理性の根拠とされた点は,主として氏が対外的に公示されることに合理的な意味を見いだすというものであったことからすると,旧姓使用の拡大の事実は,夫婦同氏制の合理性の説明を空疎化し,夫婦同氏制自体の不合理性を浮き彫りにするものといえる。」

「また,旧姓使用が拡大するということは,表札にも郵便物にも旧姓が使用され,夫婦親子の間でも社会的には氏が統一されていない状態が広がることを意味するが,特に公的機関における旧姓使用が認められたことは,それにより,女性の社会進出が進むにつれて,民間においても企業や組織が旧姓使用を認めることを促す効果があり,かつ,夫婦同氏制の不利益を幾らかでも回避したいと考える女性による旧姓使用を促す効果があるといってよい。その結果,社会的には氏を異にする外観を有する夫婦が増えて,外観上は事実婚の夫婦との差異がなくなるので見分けがつかなくなり,夫婦同氏制によって決定された氏(戸籍上の氏)によって夫婦であることの公示や家族であることの公示がなされず,対外的には,氏が夫婦であること,家族であることの識別には使われないという実態が拡大する。他方で,夫婦同氏制によって決定された氏が戸籍に記載されているとしても,戸籍に記載された個人情報はプライバシー情報であり,戸籍の閲覧は認められず,第三者の戸籍の謄抄本を請求することも原則として認められないから,戸籍が夫婦同氏制で決定された氏の対外的公示手段となるという説明は現実的に無理である。このように,旧姓使用の拡大によって,夫婦同氏制の合理性の説明とは合致しない実態の広がりがもたらされ,夫婦同氏制の合理性が質的に薄弱化されていることは否定できなくなっている。」

「加えて,旧姓の通称使用とは,実態としては婚姻した女性にダブルネームを認めるのと同じであるところ,旧姓を使用する本人にとっては,ダブルネームである限り人格的利益の喪失がなかったことになるわけではないから,氏の変更によって生じた本質的な問題が解決されるわけではなく,かつダブルネームを使い分ける負担の増加という問題が新たに生ずる。また,男女の別を問わず,ダブルネームを使う個人の増加は,社会的なダブルネーム管理コスト(例えば,企業や組織においては,一人の社員のために二つの名前を管理しなければならないが,これにはコストがかかる。)や,個人識別の誤りのリスクやコストを増大させるという不合理な結果も生じさせる。 」

「以上のとおりであるから,旧姓使用の広がりは,婚姻しているが旧姓を使用する者からみても,夫婦別氏を希望する当事者からみても,夫婦同氏制の合理性の根拠の基盤を既に空疎なものにしているとすらいってよい。この事実を,夫婦同氏制は,上記1 イで指摘した,氏名に関する人格的利益を夫と妻とが同等に享有することができない状況を作出する制度であるという問題を抱える制度であることと重ね合わせると,夫婦同氏制という法制度には,個人の尊厳と両性の本質的平等という観点からみて,合理性があるとはいえないと考えられる。 」

(ウ)我が国が女子差別撤廃条約に基づいて夫婦同氏制の法改正を要請する3度目の正式勧告を平成28年に受けたという事実は夫婦同氏制が国会の立法裁量を超えるものであることを強く推認させること

女子差別撤廃条約は1981年(昭和56年)に発効しており,我が国は1980年(昭和55年)にこれを締結し,1985年(昭和60年)には国会で批准され,公布もされている。我が国においては,憲法98条2項により,条約は公布とともに国内的効力を有すると解されており,条約が締約国に対して法的拘束力がある文言で締約国の義務を定めている場合には,かかる義務には,国家機関たる行政府,立法府及び司法府を拘束する効力があると解される。したがって,立法府は,女子差別撤廃条約についても,法的拘束力がある文言で規定されている限り,同条約が定める義務に違反する法律を改廃し,義務に反する新規立法を回避し,もって同条約を誠実に遵守する義務がある。」

女子差別撤廃条約1条においては,「女子に対する差別」とは,性に基づく区別,排除又は制限であって,「女子・・・が男女の平等を基礎として人権及び基本的自由を認識し,享有し又は行使することを害し又は無効にする効果・・・を有するものをいう」と定義されており,社会慣行・習慣によって差別の効果を生んでいる制度(差別を温存,助長する効果のある制度)は,同条約1条にいう「女子に対する差別」に当たる。同条約2条は,「締約国は,・・・女子に対する差別を撤廃する政策をすべての適当な手段により,かつ,遅滞なく追求することに合意し」(柱書き),そのために「女子に対する差別となる既存の法律,規則,慣習及び慣行を修正し又は廃止するためのすべての適当な措置(立法を含む。)をとること」を約束すると定めている(同条(f))。そして,同条約1条の上記の定義を踏まえて,同条約16条1項は,「婚姻及び家族関係に係るすべての事項について女子に対する差別を撤廃するためのすべての適当な措置をとるものとし,特に,男女の平等を基礎として次のことを確保する」(柱書き)として,同項(g)において「夫及び妻の同一の個人的権利」を挙げ,その例示として「姓・・・を選択する権利」を明記している。」

「女子差別撤廃委員会は,日本政府に対して,2003年(平成15年)7月に,夫婦同氏制を定める我が国の民法の関連規定が,夫婦同氏を強制するものであって,夫と妻に同一の個人的権利として「姓を選択する権利」を与えていないことは,女子差別撤廃条約上の「女子に対する差別を温存,助長する効果のある制度」に当たる旨指摘し,それ以来繰り返し同条約に従ったこの制度の是正を要請してきた。日本政府は,女子差別撤廃委員会のこの解釈を争うことなく,指摘された問題に対応するための法改正(民法750条の法改正)を行う方針であると説明してきていながら,立法機関である国会がその法改正措置を実施しない状態が長年にわたって継続している。」

女子差別撤廃条約は,我が国において国内的効力を有しており,同条約16条1項は法的拘束力を有する文言で締約国の義務を規定し,同項(g)は,締約国は夫及び妻が同一の個人的権利を確保するためのすべての適当な措置をとる義務を定め,かかる個人的権利には「姓を選択する権利」を含むことまで明記しているのである。同項(g)が求めている夫と妻が姓を選択する個人的権利を有しない法制度,言い換えると,婚姻に当たり夫婦が同氏となることを義務付ける我が国の夫婦同氏制のような法制度は,外国には見当たらず,そのことについては,本件処分時点でも既に締約国数が180箇国を超えている同条約が大きく貢献していたと考えられるところである。このように夫と妻に個人的権利として姓を選択する権利を与えることが世界の趨勢となっているのは,同項(g)がかかる権利を求める理由として規定している夫婦の平等と同一の個人的権利(としての姓を選択する権利)の確保が,我が国の憲法13条,14条1項,24条2項においても基礎とされている,人権尊重と平等原則という国際的に普遍性のある理念に基礎を置くものであるからにほかならない。」

「このような背景の中で,日本国が女子差別撤廃委員会による夫婦同氏制についての最初の指摘を受けた2003年(平成15年)から本件処分時まで約15年の長きにわたり,立法機関である国会が民法750条の改正をしておらず,平成27年大法廷判決後である2016年(平成28年)には女子差別撤廃委員会から日本国に対してこの義務の履行を要請する(2003年(平成15年)の勧告以来)3度目の正式勧告がされたことは,夫及び妻に同一の個人的権利として姓を選択する権利を認める制度となるよう同条を法改正するという明確に特定されている措置に係る女子差別撤廃条約上の義務について,かかる措置をとるために必要と考えられる社会通念上相当な期間が経過したことを示しているというほかなく,本件処分の時点では,締約国である我が国の枢要な国家機関である国会において,同条約2条の合意にもかかわらず,もはやかかる措置の実施を,遅滞なく追求しているとはいえない状態に至っていたことを示していると解される。 」

「以上のこと,すなわち,日本国が,女子差別撤廃条約16条1項(g)に基づいて,夫と妻に同等に姓を選択する権利を認めるよう夫婦同氏制の法改正という措置をとることを,遅滞なく追求すると合意(同条約2条(f))していながら,国の立法機関である国会がその措置を遅滞なく追求しているとはいえない状態に至っていたという事実は,夫婦同氏制が憲法24条2項にいう個人の尊厳と両性の本質的平等に立脚した制度ではないことを強く推認させる。その理由は,①同条約16条1項によって我が国に夫婦同氏制の法改正という措置をとることが求められたのは,夫婦同氏制が,婚姻における夫婦の平等に反し夫婦それぞれの個人的権利の確保に欠ける制度であることを理由とするものであることは,同項の文理から明らかであるところ,②同項にいう夫婦の平等や夫婦それぞれの個人的権利の確保と憲法24条2項において立法裁量の限界を画する要請,指針として示されている個人の尊厳と両性の本質的平等という理念とは,上記 で述べたようにその基礎にある人権尊重や平等原則という本質においては趣旨を同じくすると解することができるからである。換言すると,もし,夫婦同氏制が憲法24条2項にいう個人の尊厳と両性の本質的平等に立脚した制度であったとすれば,日本政府としては,夫婦同氏制が夫婦の平等と夫婦それぞれの個人的権利の確保に欠けるとされることはないと反論できてしかるべきであるから,上記①の理由が夫婦同氏制に当てはまることは考え難い。ところが,実際には,公表された資料からうかがわれる限り日本政府が女子差別撤廃委員会に対してそのような反論をしたことはうかがわれない上,平成28年になってもなお,女子差別撤廃委員会から,我が国が夫婦同氏制の法改正という措置を未だに実施していない状態であることについて,夫婦同氏制には依然として上記①の理由が当てはまることを理由とする3度目の正式勧告を受けている。そうすると,その事実は,上記②を踏まえると,同勧告の時点において,夫婦同氏制には上記①の理由が当てはまるだけでなく,夫婦同氏制が個人の尊厳と両性の本質的平等の要請を充たす制度でもなかったことを強く推認させると考えられるのである。 」

 

5 裁判官草野耕一の反対意見

「私は,多数意見とは異なり,本件各規定は憲法24条に違反するといわざるを得ないがゆえに,原決定はこれを破棄し,抗告人らの婚姻届の受理を命ずるべきであると考える。」

 

(1)審査基準

「婚姻及び家族に関する法制度を定めた法律の規定が憲法13条,14条1項に違反しない場合に,更に憲法24条に適合するものとして是認されるか否かは,当該法制度の趣旨や同制度を採用することにより生ずる影響につき検討し,当該規定が個人の尊厳と両性の本質的平等の要請に照らして合理性を欠き,国会の立法裁量の範囲を超えるものとみざるを得ないような場合に当たるか否かという観点から判断すべきものとするのが相当である(平成27年大法廷判決)。

 

そして,夫婦同氏制を定めた本件各規定が,上記のとおり国会の立法裁量の範囲を超えるほど合理性を欠くといえるか否かを判断するに当たっては,現行の夫婦同氏制に代わるものとして最も有力に唱えられている法制度である選択的夫婦別氏制を導入することによって向上する国民各位の福利とそれによって減少する国民各位の福利を比較衡量することが有用であると考える(ここでいう「福利」とは,国民各位が個人として享受する利益を意味するものであって,個人を離れた「社会全体の利益」や「特定の共同体又は組織の利益」は含まれない。)。」

 

「もっとも,比較衡量する福利が同種のものであるか,あるいは,関係する当事者間で取引の対象となり得るものである場合は格別,そうでない場合の福利に大小の順序付けを行うためには一定の価値判断が必要であるから,福利の比較衡量に関しても国民の代表者である国会の立法裁量は尊重されてしかるべきである。

 

しかしながら,選択的夫婦別氏制の導入によって向上する福利が同制度の導入によって減少する福利よりもはるかに大きいことが明白であり,かつ,減少するいかなる福利も人権又はこれに準ずる利益とはいえないとすれば,当該制度を導入しないことは,余りにも個人の尊厳をないがしろにする所為であり,もはや上記立法裁量の範囲を超えるほどに合理性を欠いているといわざるを得ず,本件各規定は憲法24条に違反すると断ずべきである。 」

 

(2)選択的夫婦別氏制の導入によって向上する国民の福利について

「氏は名とあいまって人を同定する上での重要な要素の一つであり,それまでの人生において慣れ親しんできた氏に対して強い愛着を抱く者は社会に多数いるものと思われる。これらの者にとっては,たとえ婚姻のためといえども氏の変更を強制されることは少なからぬ福利の減少となるであろう。さらに,氏の継続的使用を阻まれることが社会生活を営む上で福利の減少をもたらすことは明白であり,この点は共働き化や晩婚化が進む今日において一層深刻な問題となっている。婚姻に伴い戸籍上の氏を改めても社会生活上は旧姓の継続使用が可能である場面が拡大してきているものの,旧姓を使用し得る機会にはおのずから限度がある以上,二つの氏の使い分け又は併用を余儀なくされることになり,そのこと自体の煩わしさや自己の氏名に対するアイデンティティの希薄化がもたらす福利の減少は避け難い。

 以上を要するに,夫婦同氏制は,婚姻によって氏を変更する婚姻当事者に少なからぬ福利の減少をもたらすものであり,この点を払拭し得る点において,選択的夫婦別氏制は,確実かつ顕著に国民の福利を向上させるものである。」

 

(3)選択的夫婦別氏制の導入によって減少する国民の福利について

ア 婚姻当事者の福利に及ぼす影響

「婚姻当事者にとって,夫婦で同一の氏を称することにより家族の一体感を共有することは福利の向上をもたらす可能性が高い。」

「これを要するに,選択的夫婦別氏制を採用することによって婚姻両当事者の福利の総和が増大することはあっても減少することはあり得ないはずである」

イ 子の福利に及ぼす影響

「夫婦別氏とすることが子にもたらす福利の減少の多くは,夫婦同氏が社会のスタンダード(標準)となっていることを前提とするものである。したがって,選択的夫婦別氏制が導入され氏を異にする夫婦が世に多数輩出されるようになれば,夫婦別氏とすることが子の福利に及ぼす影響はかなりの程度減少するに違いない。また,現行法上,親は,子の福利に影響を与え得る諸事項(養育・監護,教育等)に関して大幅な裁量権を有しており,親が自己の正当な福利を追求するためにやむを得ず子の福利の最大化を達し得ないことがあるとしても,実現を断念される子の福利が子の人権又はこれに準ずる利益とはいえない限り,当該親の所為が裁量権の逸脱に当たるとは一般に考えられてはいないであろう。このこととの整合性(インテグリティ)という点から考えても,夫婦となる者が夫婦別氏を選択するか否かを決定するに当たり夫婦自身の福利と子の福利をいかに斟酌するかについては,これを親(夫婦)の裁量に委ねることが相当であり,夫婦別氏とすることが子の福利の最大化を妨げることがあるとしても,それは,夫婦が自らの福利を追求することを阻む事由とはならないというべきである。 」

ウ 親族の福利に及ぼす影響

「婚姻は当事者たる二人が互いの人生を賭して行う営みである以上,氏を改めるか否かという問題に関する婚姻当事者の福利は親族の福利よりも優先的に考えられてしかるべきであり,上記の場合において選択的夫婦別氏制の導入によって減少する支援者的親族の福利は,婚姻当事者の福利の実現を阻むに値するものとはいい難い。 」

エ 慣習としての夫婦同氏制

「上記アからウまでに論じた者以外で婚姻当事者が夫婦別氏とすることによって福
利の減少が生ずる者が存在するとすれば,夫婦同氏制が長きにわたって維持されて
きた制度であることから,夫婦同氏を我が国の「麗しき慣習」として残したいと感
じている人々かもしれない。
 しかしながら,選択的夫婦別氏制を導入したからといって夫婦を同氏とする伝統が廃れるとは限らない。もし多くの国民が夫婦を同氏とすることが我が国の麗しき慣習であると考えるのであれば,今後ともその伝統は存続する可能性が高い。また,人々が残したいと考える(「正の外部性が強い」といってもよいであろう)伝統的文化は我が国にたくさんあるところ(里山の景観,御国訛りのある言葉遣い,下町の人情味溢れる生活習慣,鎮守の森,季節を彩る諸行事など),これらの伝統的文化が今後どのような消長を来すのかは最終的には社会のダイナミズムがもたらす帰結に委ねられるべきでありそのダイナミズムの中にはもちろんそのような伝統的文化を守ろうとする運動も含まれる。),その存続を法の力で強制することは,我が国の憲法秩序にかなう営みとはいい難い。夫婦同氏制もそのような伝統的文化の一つといえるのではなかろうか(さらにいえば,関係当事者以外の者に対して生み出す正の外部性という点においては,夫婦同氏制は上記に例示した伝統的文化よりもその効用が不明確であるように思える。)。したがって,選択的夫婦別氏制を導入した結果,夫婦同氏が廃れる可能性が絶対にないとはいえないとしても,それが現実のものとなった際に一部の人々に精神的福利の減少が生ずる可能性をもって,婚姻当事者の福利の実現を阻むに値する事由とみることはできない。」

 

「以上によれば,選択的夫婦別氏制を導入することによって向上する国民の福利は,同制度を導入することによって減少する国民の福利よりもはるかに大きいことが明白であり,かつ,減少するいかなる福利も人権又はこれに準ずる利益とはいえない。そうである以上,選択的夫婦別氏制を導入しないことは,余りにも個人の尊厳をないがしろにする所為であり,もはや国会の立法裁量の範囲を超えるほどに合理性を欠いているといわざるを得ず,本件各規定は,憲法24条に違反していると断ずるほかはない。 」

 

*パレート改善の考え方を法解釈に落とし込もうという試みか。